山口組の餅つきはなぜ変貌した?総本部閉鎖の真相と厳戒の現在【2026】 - 複眼インデックス
かつて六代目山口組の年末恒例行事として行われていた餅つきが、本来の舞台であった山口組総本部(神戸市灘区)で見送られるようになった最大の契機は、2015年8月に勃発した神戸山口組との分裂抗争です。
抗争の激化に伴い、警察当局は市民の安全確保と組織の封じ込めを急速に強化しました。2026年1月、兵庫県公安委員会を含む関係公安委員会は、六代目山口組と神戸山口組を暴力団対策法に基づく「特定抗争指定暴力団」に指定。これにより、神戸市灘区の総本部を含む警戒区域内の拠点に対し、組事務所の使用制限命令が相次いで発出されました。概ね10人以上が集まること自体が禁じられ、事務所への立ち入りすら厳格に処罰される法的包囲網が完成したため、総本部の巨大な門扉は固く閉ざされ、物理的に人が集まる餅つきの開催が不可能となったのです。
さらに拍車をかけたのが、社会全体で進んだ暴力団排除(暴排)の潮流です。かつて山口組は、10月のハロウィンで地域の子どもたちに菓子を配り、年末の餅つきではつきたての餅を近隣住民に配ることで、「地域共存」や「理解ある任侠組織」というイメージを意図的に演出してきました。しかし、住民側からは「子どもを巻き込んだ危険な懐柔策」「抗争の巻き添えになる恐怖」との反発が年々強まりました。兵庫県議会が暴力団排除条例を改正し、事務所周辺での青少年に対する金品供与を直接禁止したこと(いわゆる山口組ハロウィン中止条例)と軌を一にして、住民との接点を持つ対外的なイベントは完全に封殺されるに至りました。