Baad『君が好きだと叫びたい』誕生秘話と解散の真相|メンバーの現在 - 複眼インデックス
華々しいヒットの裏側で、BAADというバンド自体は極めて過酷な試練に直面していました。君が好きだと叫びたいの解散理由を掘り下げると、90年代の音楽プロダクション体制とバンドのアイデンティティを巡る葛藤が浮かび上がります。
BAADは1992年に結成され、1993年2月にシングル『愛を語るより口づけをかわそう』でメジャーデビュー。当初はデジタルビートとロックを融合させたダンサブルなロック路線を提示していました。しかし、所属していたビーインググループ特有の徹底した分業制――プロの外部作家による楽曲提供とスタジオミュージシャンの起用――の中で、バンド自身のセルフプロデュース志向との間にギャップが生じ始めます。
最大の転機となったのは、1995年の初代ボーカル・山田恭二氏の脱退でした。バンドの顔であり、主要な作詞を手掛けていた山田氏の離脱は、グループの基盤を大きく揺るがしました。その後、新ボーカルとして秦秀樹氏を迎え、サウンドもよりヘヴィなグランジ・オルタナティブロック路線へと舵を切りましたが、初期のキャッチーなポップロックを期待するリスナー層との乖離を防ぐことはできず、1999年に公式な活動停止・解散となりました。